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2010年8月28日土曜日

母校の水泳部

自分の母校である、都立立川高校(旧制府立2中)の水泳部の80周年記念OB会があり、久しぶりにプールを訪れた。懐かしい。もろ体育会系の部活動であった記憶がよみがえる。自分らが現役の頃は、年功序列制と、伝統を重んじる習慣が強く、練習は古式で効率が悪く、周囲の私立高校どころか、都立高校のなかでも、目立った成績を収めることもできずにいたのだが、現在の現役生はインターハイ出場を決め込む等、その活動は目を見張るものになっていて,少し誇らしい。総勢60〜70名の先輩、後輩陣が集まった訳だが、メンバーの中では自分はペーペーで、上は90代の先輩まで顔を出してくださるほどの盛況。プールの後は懇親会と称する大宴会。立川高校は歌が皆好きで、宴もたけなわになると伝統歌の大合唱。おもしろいなと感じるのが、高校卒業後どんなに時間が経過していても体育会系のノリは消えておらず、直接指導を受けた先輩を目の前にすると,背筋がピーンとのび、先輩は先輩でなぜか命令調のもの申しで、後輩が動く。自分の直属の先輩から”おい、酒がないぞ”なんて声をかけられ、”ハイ今すぐに”など緊張しながらも急ぎ足でホールスタッフをしていて、ちらっと隣をみると、同じ光景が、初老の先輩同士でも!。いつになっても先輩は先輩なのだなと。

2010年4月9日金曜日

花見

東京芸大の同級生仲間と花見。花見が目的で集まったわけではなく、花見という、集まるのにうってつけの口実があったから集まったと言ったほうが正確。大学時代の仲間とは、たまにこーして会う。学生時代を共にした仲間なだけに、会うと昔話に花が咲く。あのときあいつが、あーだったとか、いや違うとか、情報共有できていない人からするとかなり、どーでも良いことで、盛り上がるし、ネタは尽きない。し、そんなやり取りが僕は嫌いではない。本日はアタカケンタロウ氏が主催で、場所取りから準備まで彼が代表を務めるアトリエスタッフも同席し、このどーでも良い会話(当人たちはかなり盛り上がっている。)に付き合ってくれた。ありがとうございます。芸大同期の他、近い学年の仲間もあつまり、寒空の下、お互いの近況を話したり、どーでも良い会話に突っ込みを入れたり、いや~楽しい会だった。一学年17人(現在は15人になったと聞くが。)しか同級生の居なかった芸大建築学科は学年の域を超えて、先輩後輩が親しくなることも多く、こんなタイミングにも、仕事帰りにぶらりとこーして集まる。(いや違うか、綿密に連絡網を回して準備してくれた幹事がいるからこそか。)そんな校風が良い伝統だなと、僕は思っている。

2009年12月31日木曜日

芸大同期の忘年会

この学校のこの学年、すごく仲が良い。ここ数年は定例化しつつある芸代建築学科の同窓会忘年会に参加。卒業後10年経っても8割の出席率。(17人しか1学年にいないのだが。。)昔話と、近況報告と、仕事の話が2割くらいの、笑いっぱなしの年に1度の同窓会。

2009年8月13日木曜日

ボランティア精神と清明寮

母校都立立川高校の同窓会”紫芳会”が所有する千葉館山の臨海学校施設”清明寮”にお邪魔する。都立高校では珍しく、高校1年次に全員参加の臨海教室が実施される。運営は体育課や担任の先生、卒業生の有志によって行われるこのイベントに、高校時代水泳部で泳ぐのが得意だった自分は大学生の頃運営スタッフとして参加していた。今回は卒業生(OB)有志だけが集まって、思い出話に花を咲かせる会。すでに生徒がいる臨海教室は8月初旬に終了している。このイベントが、すばらしいなと感じるのは、昭和初期から続いている伝統行事であること、時代に取り残されたのではないかと思うほどボロボロな施設、必要最小限の設備や備品を皆で大切に使っている点。卒業生有志がかなりの人数集まって様々な形で学校行事をバックアップしている点、学校を離れた今でも運営スタッフの人脈がしっかりと繋がっている点。今回の集まりにも総勢30名、上は自分の父親の世代から、下は大学生くらいまでが、集まって酒を酌み交わしながら様々な意見交換を楽しんだ。先輩も沢山いらしたので、そんな中では自分は下っ端同然。最近はめっきり仕事の忙しさを理由に顔を出せていなかった自分にボランティア精神の大切さと、人と人の繋がりこそが宝だなと改めて感じさせてくれた。

2008年7月26日土曜日

友人の結婚式

東京芸大時代の同級生結婚披露パーティへ。久しぶりに旧友に会うのも良い。新郎新婦共、建築学科卒業なので、建築同業者がたくさん集まっていた。写真は河内一泰氏、山口誠氏、自分